2008年10月05日
私の車歴(続き)
5台目からの続きです。
フォード・モンデオ 水冷4気筒 2000cc 130馬力 FF (H6~18)
子供が成長するに従い、学校や部活の送り迎えなど、車の使用が最も頻繁な時期でした。
また、ペット犬を連れて旅行へも行ったりするので、ワゴンタイプの車を選びました。
当初は小さい故障に見舞われましたが、結果的にはこの車に一番長く付き合いました。
前半は転勤赴任してきた福岡で使用、後半は単身赴任先の大阪で使用しました。
大きなボディーなので、慣れるまでは車庫の出し入れに苦労して、バンパーをよく擦りました。
最後の2年間は、社会人となった息子がほしいと言って、関東へ持っていかれてしまいました。
息子によると、休暇を利用して北海道へドライブ旅行をしたと言っていますので、
この車は、南は鹿児島~北は稚内まで走破したことになります。
ワーゲン・ゴルフ 水冷4気筒 1600cc 110kw FF (H15~ )
大阪に単身赴任中に留守宅の娘も免許を取得し、車がほしいと言い出しました。
軽自動車で良いと考えていましたが、営業マンにうまく丸め込まれて購入してしまいました。
全長は軽並みながら、車幅は大型車です。おとなしくて運転しやすい車です。
でもネーミングに反し、ゴルフバッグを横にして積めないのが唯一の不満です。
娘が免許を取得してからもう5年が経過しましたが、リヤーウインドウにはご覧のように、
皆さんから注意してもらえるよう、「若葉マーク」と、ちょっと早いのですが「枯葉マーク」を
両方掲げたまま走っています。お陰でどの車も近寄っては来ません。
娘によると、譲られる事が多いので運転しやすい、と言っています。私も同感です。

追記
息子が持っていったフォードはH18に引退後、アジア方面へ売りさばかれると思っていましたが
国内で第二の人生を送っているようです。
現在はプジョー307ステーションワゴンで、会社とアパートを往復しています。
フォード・モンデオ 水冷4気筒 2000cc 130馬力 FF (H6~18)
子供が成長するに従い、学校や部活の送り迎えなど、車の使用が最も頻繁な時期でした。
また、ペット犬を連れて旅行へも行ったりするので、ワゴンタイプの車を選びました。
当初は小さい故障に見舞われましたが、結果的にはこの車に一番長く付き合いました。
前半は転勤赴任してきた福岡で使用、後半は単身赴任先の大阪で使用しました。
大きなボディーなので、慣れるまでは車庫の出し入れに苦労して、バンパーをよく擦りました。
最後の2年間は、社会人となった息子がほしいと言って、関東へ持っていかれてしまいました。
息子によると、休暇を利用して北海道へドライブ旅行をしたと言っていますので、
この車は、南は鹿児島~北は稚内まで走破したことになります。
ワーゲン・ゴルフ 水冷4気筒 1600cc 110kw FF (H15~ )
大阪に単身赴任中に留守宅の娘も免許を取得し、車がほしいと言い出しました。
軽自動車で良いと考えていましたが、営業マンにうまく丸め込まれて購入してしまいました。
全長は軽並みながら、車幅は大型車です。おとなしくて運転しやすい車です。
でもネーミングに反し、ゴルフバッグを横にして積めないのが唯一の不満です。
娘が免許を取得してからもう5年が経過しましたが、リヤーウインドウにはご覧のように、
皆さんから注意してもらえるよう、「若葉マーク」と、ちょっと早いのですが「枯葉マーク」を
両方掲げたまま走っています。お陰でどの車も近寄っては来ません。
娘によると、譲られる事が多いので運転しやすい、と言っています。私も同感です。
追記
息子が持っていったフォードはH18に引退後、アジア方面へ売りさばかれると思っていましたが
国内で第二の人生を送っているようです。
現在はプジョー307ステーションワゴンで、会社とアパートを往復しています。
2008年10月05日
私の車歴
18歳で車の免許を取得してから42年、この間色々な車に出会い乗り継いできました。
今日は、私の車歴を思い出してみようと思います。
トヨタ・パブリカ 空冷(水平)2器筒 680cc 40馬力(S36~43)
病弱の弟を病院への送り迎えにと、自転車にも乗れない母が必死になって
免許を取得し、初めて実家に車が届きました。私が中3ぐらいだったでしょうか。
雨の日にはエンスト、坂道ではオーバーヒート、悪路ではパンクがしょっちゅうでした。
当時は車も少なく、時代も大らかだったので、ちょくちょく無免許で運転いていました。
高3の夏休みに一発で免許を取得でき、かかった費用は3万円でお釣がありました。
教習所の車種はヒルマン・ミンクス、公道にはルノー、オースチンなど外車もまだ多く
国産車はクラウン、ダットサン、プリンス、べレルなどが思い出されます。
トヨタ・カローラ(2代目) 水冷4気筒 1200cc 80馬力(S43~51)
故障修理が出始めたパブリカから乗り換え、母と私と半々ぐらいで使用しました。
弟の病気が全快してからは母の役目は終了し、私の専用になってしまいました。。
家族4人でドライブ旅行によく出かけたものです。車に入れ込んだ学生時代には
国内B級・A級ライセンスを取得し、ラリー競技に夢中で参加しました。
ナビも電卓もない時代、レース当日に渡されるルートマップを熟読し、
手動のタイガー計算機で所要時間や平均速度を計算したものです。
トヨタ・カリーナHT(2代目) 水冷4気筒 1600cc ツインキャブ 110馬力(S51~59)
排ガス対策前の車なので性能は良かったのですが、今から思えば
ハードトップ仕様のため、椅子と天井が低く、乗り降りが不便でした。
でもそんな事はお構いなしに、ガンガンと乗りまくっていました。若かった頃です。
後半は結婚後、嫁さんの仮免許時代に助手席で冷や汗をよく流しました。
トヨタ・カムリXT(2代目) 水冷4気筒 1800cc 100馬力(S59~H6)
子供2人ができたので、性能面より居住性を重視し、FF仕様の車にしました。
4台目でやっと、エアコン付き、オートマチック車を選びました。
四国・高松へ赴任していた頃で、休みの日には88ヶ所巡りに出かけました。
休憩のため、続きは後にします。
今日は、私の車歴を思い出してみようと思います。
トヨタ・パブリカ 空冷(水平)2器筒 680cc 40馬力(S36~43)
病弱の弟を病院への送り迎えにと、自転車にも乗れない母が必死になって
免許を取得し、初めて実家に車が届きました。私が中3ぐらいだったでしょうか。
雨の日にはエンスト、坂道ではオーバーヒート、悪路ではパンクがしょっちゅうでした。
当時は車も少なく、時代も大らかだったので、ちょくちょく無免許で運転いていました。
高3の夏休みに一発で免許を取得でき、かかった費用は3万円でお釣がありました。
教習所の車種はヒルマン・ミンクス、公道にはルノー、オースチンなど外車もまだ多く
国産車はクラウン、ダットサン、プリンス、べレルなどが思い出されます。
トヨタ・カローラ(2代目) 水冷4気筒 1200cc 80馬力(S43~51)
故障修理が出始めたパブリカから乗り換え、母と私と半々ぐらいで使用しました。
弟の病気が全快してからは母の役目は終了し、私の専用になってしまいました。。
家族4人でドライブ旅行によく出かけたものです。車に入れ込んだ学生時代には
国内B級・A級ライセンスを取得し、ラリー競技に夢中で参加しました。
ナビも電卓もない時代、レース当日に渡されるルートマップを熟読し、
手動のタイガー計算機で所要時間や平均速度を計算したものです。
トヨタ・カリーナHT(2代目) 水冷4気筒 1600cc ツインキャブ 110馬力(S51~59)
排ガス対策前の車なので性能は良かったのですが、今から思えば
ハードトップ仕様のため、椅子と天井が低く、乗り降りが不便でした。
でもそんな事はお構いなしに、ガンガンと乗りまくっていました。若かった頃です。
後半は結婚後、嫁さんの仮免許時代に助手席で冷や汗をよく流しました。
トヨタ・カムリXT(2代目) 水冷4気筒 1800cc 100馬力(S59~H6)
子供2人ができたので、性能面より居住性を重視し、FF仕様の車にしました。
4台目でやっと、エアコン付き、オートマチック車を選びました。
四国・高松へ赴任していた頃で、休みの日には88ヶ所巡りに出かけました。
休憩のため、続きは後にします。